レイトショーで見てきました。
みんなでワイワイ見に行く映画じゃないですな。じっくりと見れるといいと思います。ブラピと役所広司が出るし、面白い仕掛けがあるんじゃなかろうかと思って見に行ったら、アレ?みたいな。でも、なんつーかいい映画でした。なんじゃこりゃ!って思う人も多いと思うけど。
追記:
いくつかのシーンにエグめの描写があります。また、画面がチカチカするシーンがあるのですが、それで気分が悪くなった方もいるみたいです(汗)。映画見慣れていない人はちょっと注意した方がいいかもしれないですね。
ネタバレ改行します
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「バベル」が言語の違い、その他で人間同士は理解し合えないという事の象徴としてのタイトルだというのは見る前に全く知らなかったことでした。しかし、そのタイトルは観た後に知ってしっくりくるものだと思います。
ラストで役所広司が明かす、「母親は銃で頭を打ち抜いて自殺をしてしまった」というところ。これは僕の推測ですが、母親が、自分の娘が聾唖者であるという現実、そしてその娘と分かり合えない苦しさの末に選択してしまった「愚かな行為」だったんじゃないかと思うのです。分かり合えないことに絶望することは全くなかったと。
「私は悪い人間じゃない。愚かな事をしてしまっただけ」とメキシコ人のベビーシッターの女性が子供に答えた時、アッと思ったりしたわけです。
この話の中にはこの「愚かな行為」が数多く出てくる。
いたずら半分にライフルで観光バスを打ってしまった子供の「愚かな行為」。
そもそも子供にライフル持たせる親の「愚かな行為」。
2人の子供を預かっていながら、自分の息子の結婚式出たさに子供を連れ出して国境を越える「愚かな行為」。
酒飲んで運転して帰る上に検問で逃走する「愚かな行為」。
日本人のハンターが記念にガイドにライフルをあげちまう「愚かな行為」。
おそらく、ブラピとその奥さんのもう一人の子供が亡くなってしまった理由もささいな「愚かな行為」だったのかなと。
この「愚かな行為」はその人にとってみれば、まさかこんなことになるとはってことだと思う。でも、実際こういうことが日常で起きて悲劇になるのは確か。それは「魔」との戦いとも言える。分かり合えないと絶望してしまった母親の自殺は取り返しのつかない愚かな行為だったのか。でも、きっと父親と娘は分かり合う努力をし続ける、それが人生だから。
そして、僕が一番この映画で身震いする程の感動を覚えたのは、ブラピの奥さんを運ぶヘリコプターが到着した時。奥さんを乗せたタンカを運び込んで、ブラピが親身になって世話してくれたモロッコの青年(彼も結婚していて子供がいる)に財布から金を渡そうとした時に、モロッコの青年が俺はそれは受け取れないと返し、ブラピが戸惑いの表情を浮かべ、ヘリが飛び立ったシーンだ。このシーンはブラピと青年、家族を持ったもの同士の痛みは人種を超えて分かり合えているものなんだという表現に見えた。簡単に言えば、「困っている時はお互い様だろ」って感じだよね。アメリカ政府とモロッコ政府が牽制しあって、中々奥さんが救助されないということの対比で、人と人のレベルで分かり合うことはできていることを表しているように見えた。
日本のシーンが最後まで並行したストーリーで、こんな風な映画はミニシアター系以外では初めて観た感じでしたが、いい映画だったと思います。